2017/03/27

「死ぬまでに全駅」(308) #0710 甲斐大和駅

#0710 甲斐大和(かいやまと)

・東日本旅客鉄道 中央本線
 笹子|勝沼ぶどう郷
【区分】甲II 【撮影日】2013/12/30
【所在地】山梨県甲州市
【開業】1903(明治36)年
【乗車人員(日)】143人
【駅名変遷】初鹿野(1993)

JR東日本・中央本線の駅。
山梨県甲州市に所在。
1993年までは「初鹿野」という駅名だった。

堀を割ったというより、
谷底に駅があるイメージ。
駅舎は駅を跨ぐ橋上に併設。

開業当初、駅所在地は「初鹿野村」。
1941年に周辺の村々と合併、
「大和村」となったが、駅名はそのまま。
1993年にやっと駅名も「大和」となるも
今度は2005年にまた周囲と合併し、
所在地は「甲州市」となってしまった。

本当に深い深い山あいの町だが、
明治末期には鉄道を通してしまった。
大菩薩峠の登山口として
シーズン中はバスも発着する。

改札口。
一日の乗車人員は143人。
取材時は有人駅だったが、
現在は無人。ICカード対応。

逆に改札内から撮影。

通路を経てホームへ階段で下りる。

上写真の逆位置から撮影。
つきあたりはトイレ。

ホームは2面3線。
このホーム1番線下り甲府方面、
右ホーム2番線は上下待避用、
その右が3番線上り新宿方面。

1番線新宿寄りから新宿方向。
「武田氏終えんの郷」と看板が。
駅の写真に雪が写っているのは
今のところこの日の
中央本線の取材時のみ。

同じく1番線中央付近から
新宿方向を撮影。
そこそこ新しめの待合室が見える。

1番線甲府方ホーム端から駅舎方向。
黄色い部分が橋上駅舎の土台(?)、
手前茶色は駅前の「新初鹿野橋」。

変わって2,3番線。
上り電車が特急を待避するため
待避用の2番線に入る。
新宿寄りから甲府方向を撮影。

同じく2,3番線中ほどから駅舎方向。
駅周辺で産出される
「甲州鞍馬石」を用いた
灯篭(?)のモニュメントも。

駅舎へのぼる階段付近。
バリアフリーには未対応。

2,3番線ホーム端より甲府方面。
この先新深沢、新大菩薩と
長大トンネルを抜けると
甲府盆地を見下ろす絶景が眼下に広がる。

同じく2,3番線から新宿方向。
駅を出てすぐに笹子、新笹子両トンネルの
抗口が開いている。
両隣駅(笹子、勝沼ぶどう郷)
までの区間はほぼトンネルで占められる。

ホームを跨ぐ国道20号・初鹿野橋から撮影。
この場所に鉄道が敷設されていることが
いかに凄いことであるか、
地図を見れば誰にでもわかる。

先達の高い技術力と粘り強い努力に、
ただただ敬服するしかない。







2017/03/24

「死ぬまでに全駅」(307) #1132 韮川駅

#1132 韮川(にらがわ)

・東武鉄道 伊勢崎線
 野州山辺|太田
【区分】甲 【撮影日】2014/12/6
【所在地】群馬県太田市
【開業】1932(昭和7)年
【乗車人員(日)】2,473人(降車含む)

ううっ、
ついにこの駅の紹介の順番が
回ってきてしまった(泣)
東武鉄道伊勢崎線の駅で、
群馬県太田市に所在。

撮影日は2014年の12月。
この日最後の取材駅。
まだ17時をまわったばかりだったが、
真っ暗になってしまったのだ。

木造の小さな駅舎。
こんな写真になるなら
敢えてフラッシュを焚けばよかったと、
気がついた時にはもう遅かった。

駅前のようす。
こんなうら寂しい写真になってしまった。
大好きだけど(笑)

駅舎内。
一日の利用客は2,473人。
暗い駅には利用客おらず。
駅員さんがいることが何だか心強い。

写真が少ないのでもう一枚(笑)
朝、早すぎて暗い中で
取材することはままあるが、
遅くまで取材して
陽がどっぷり暮れることは
ここまでほとんどない。

駅舎内の待合スペース。
時間見てよ、まだ5時過ぎだぜ(笑)

駅舎とホームは跨線橋で結ばれる。
その通路。つきあたりはトイレ。
当駅はトイレだけは真新しい。
暖色系の照明がむしろ興醒め(笑)

ホームは1面2線の島式。
左1番線下り太田方面、
右2番線館林方面上り。

ワンマンの3連が停車して
ちょうどよいくらいのホーム長。
館林~伊勢崎間は単線のため
上下交換でしばらく停車の普通電車。
寒気を防ぐため
真ん中のドアが閉まっている。

特急電車と交換する。
自分もこの次の「りょうもう」で
さっさと退散。
この日の取材を終えた。

春は曙。駅は夜(笑)
本当は夜の駅が昼間の何倍も
魅力があることを知っている。
そこが知らない場所ならなおさら。
撮影上、なかなか叶わないが、
「ここに夜、訪れてみたい」と
思わせる駅は少なくない。





2017/03/22

「死ぬまでに全駅」(306) #1066 京成臼井駅

#1066 京成臼井(けいせいうすい)

・京成電鉄 本線
 ユーカリが丘|京成佐倉
【区分】甲 【撮影日】2014/10/25
【所在地】千葉県佐倉市
【開業】1926(大正15)年
【乗車人員(日)】10,938人
【駅名変遷】臼井(1931)

千葉県佐倉市に所在。京成電鉄本線の駅。
こちらメインの南口。市民病院行きほか、
「マイタウン・ダイレクトバス」という
東京行きの高速バスも発着する。

駅ビル「ViM」には
ファーストフード店などが入居する。
撮影者背後には大きなAEON臼井店も。

かわって北口。
印西市方面のバスも発着するが、
周囲は住宅街。高層のマンションも建つ。
近傍にミスター長嶋茂雄氏の生家も。

階段出入口のほか、
背後にエレベーターも。
読めば三つ先の
「しすい(酒々井)」と間違えられ、
書けば京成が乗り入れる北総線の

「白井」と混同される。

当駅は橋上駅舎。
改札前コンコースのようす。
上記の混同を避けるため、
というわけではないようだが、
駅名標、電車の方向幕などは
「うすい」とひらがなで表記される。

改札口。
一日の乗車人員は10,938人。
佐倉市内の駅では次駅ユーカリが丘に
僅差で勝り、最も多い。

ちなみにJR佐倉駅は9,983人。

改札内から改札方面。
コンコースにはコンビニも。

おなじく改札内コンコース。
両サイドにホームへの階段。
中央のステンレスの箱は
ホーム行きのエレベーター。

成田方面の階段。
エレベーター設置にも苦心のあとが。

ホームは2面2線の相対式。
こちら1番線上り上野方面、
向かいが2番線下り成田方面。

1番線成田方より駅舎方面。
用地も駅構造も待避線を
設けることが可能になっているが、
設置されずに現在にいたる。

2番線から成田方向を撮影。
京成本線の普通電車は当駅から
成田方面の先へは運行されないため、
この先、当駅折り返し
電車のための
引き上げ線が設けられている。

1番線から上野方向を見る。
乗車人員は佐倉市内最多だが、
ここ15年でその数は
4千人も減少している。

同じく1番線から成田方向を見る。
この先渡り線があり、上下線に挟まれて
引き上げ線が設置されている。


1960
KT60ACZ-C17-31を加工)
その昔は臼井城の城下町。
田畑が一面に広がり、緑の濃い部分など、
土地自体もそれなりに起伏がある。
赤丸がかつての駅の位置。
カーブした相対式ホームだったようだ。

1974
CKT7413-C10A-29を加工)
1970年代に入り、
大規模な区画整理事業をおこない、
現在の駅周辺の基礎ができあがっていく。
右上の新臼井田地区にはすでに
新興の住宅地が形成されている。
この当時、ここを通過する電車からの風景は
どんなものだったのだろう。
当駅の位置はこの時点ではそのまま。

1984
CKT846-C8-22を加工)
1978年に駅の位置を南に540m移動、
新しい橋上駅舎として
造成地の中央に据えられる。
この時点では建物は点在して空地も目立つが、
その後の発展は現在の地図を見てのとおり。
2002年には通勤特急の停車駅となる。