2018/01/31

「死ぬまでに全駅」(382) #1748 岩槻駅

#1748 岩槻(いわつき)

・東武鉄道 野田線
 七里|東岩槻
【区分】甲 【撮影日】2016/9/17
【所在地】さいたま市岩槻区
【開業】1929(昭和4)年
【乗車人員(日)】18,084人
【駅名変遷】岩槻町(1939)


さいたま市岩槻区に所在。
東武鉄道野田線の駅は初めての紹介。
2005年、さいたま市に編入され、
岩槻市から岩槻区に。


新駅舎は橋上。
2016年5月末より供用開始。
撮影はその年の9月中旬。
かつての岩槻藩5万5千石の
城下町にふさわしい瓦屋根の和風建築。


メインの東口のロータリー。
中央奥のビルには「マルエツ」と
区役所が同居する。
バスの発着はこちら東口からが多い。


岩槻は何といっても人形のまち。
大きな看板を掲げた人形店が
駅前に集中し、どの店がいいのか迷う。
予備知識が必要だ。
ま、この先買う機会はなさそうだけど(笑)


春日部寄りの地上への階段付近は
まだ工事中だった。
昨年の2月に完成したとのこと。


反対の西口に出る。
こちらは写真の3ヶ月前に開設したばかり。


駅の西側は住宅地。
農耕地も散見されるほどで
拓けた場所ではなかったが、
様変わりした。


とはいえ、まださっぱりした風景。
ロータリーが完成するのは
やはり昨年春のことだった。


東西自由通路上の改札口。
ずいぶんスッキリしている。
西口側から東口に向かって撮影。
左奥にまだ工事中の部分があるが、
先の写真の階段工事中の部分にあたる。


改札口は橋上の1ヶ所。
一日の利用客は35,921人で、
ピークは1994年の4万3千。
ここ15年は横ばいだが、
野田線単独駅では最も多い数字。


改札内コンコースから
改札口方向。


逆に改札口付近より
改札内コンコースを撮影。


ホームへは両サイドへの階段、
エスカレーターと、2基のエレベーターで。
こちら春日部方向への階段にのみ
エスカレーターは設置されている。


ホームは2面3線。まず東側には1番線。
上り大宮方面ホーム。大宮方から駅舎方向。


既出の春日部方面の
東側の工事区域。


使用しなくなたホームも
まだその姿をとどめていた。
上屋がいかにも古めかしいが
東武鉄道は多数の路線と駅を抱え、
駅改修のピッチも他社よりは遅めか。


1番線橋上駅舎下付近から
大宮方向。


かわって2番線。
始発電車や、緩急接続のため
普通電車が入線する。


2番線を大宮方から駅舎方向。
緩急接続は土日夕方以降に限られ、
普段は電車の出入りは少ない。


3番線は下り春日部方面ホーム。
当駅始発終着の電車も設定され、
西側には2本の電留線を持つ。


3番線春日部方より駅舎方向。
2017年4月より
特急電車が運転を開始した。
浅草~大宮間、または
大宮~野田市、運河間の
「アーバンパークライナー」。


2,3番線橋上駅舎下から
大宮方面。
前出の特急はもちろん当駅停車。
これに乗りたい!
でも東京を立つのが夜遅くなので、
終点着いたらもう帰れんけどな(笑)


3番線より春日部方向。
電留線が本線に合流する。


同じく2,3番線ホーム端より大宮方向。
全線で62.7kmの路線に35の駅。
野田線の駅の紹介はまずひとつめ。
他にも面白い駅や歴史のある駅が多い。
死ぬまでに全駅、ここで紹介できるか(笑)






2018/01/29

「死ぬまでに全駅」(381) #1278 新取手駅

#1278 新取手(しんとりで)

・関東鉄道 常総線
 寺原|ゆめみ野
【区分】甲 【撮影日】2015/4/12
【所在地】茨城県取手市
【開業】1968(昭和43)年
【乗車人員(日)】1,060人


茨城県取手市にある、
関東鉄道常総線の駅。


1968年開業で、
他駅に比べ後発で設置された。
賑やかなのは取手駅周辺だが、
市役所は隣駅の寺原の近傍にある。


住宅地の広がりにともない、駅を設置。
地名もこの時、新取手と変更した。
この先駅前商店街だが、
ひと昔前の商店街のイメージ。


駅舎内から。
天窓のステンドグラス?から
外光を採り入れ、明るい。


改札口。
2013年5月より終日無人駅となった。
一日の乗車人員は1,060人。
7年前と比較すると
その数は2/3にまで減少している。


まあそうだよな日曜の夕刻、
都会の駅ならそこそこの混雑。
当駅は見ての通り。


構内踏切を渡り、
島式1面2線のホームへ。
スロープは2007年に増設した。


駅舎と構内踏切を振り返る。
右の柵の向こうは国道294号線。
常総線はこの294号とほぼ併走し、
終点下館に至る。
道路は会津若松が終点だけど。


左2番線下り下館方面、
右1番線上り取手方面。
ホーム中ほどから下館方向を見る。
ホーム上の構造物はわりと
都会駅のそれと変わらない。


逆に駅舎、取手方向を撮影。
朝7時台は
10本の列車がやってくる通勤路線。
休日日中でも1時間に4本。


ホーム端より取手方向。
非電化の民鉄線では最長?の
複線区間が続く。
取手~水海道間の17.5km。


ホーム端から下館方向。
非電化の複線区間をゆく気動車。
都市近郊の鉄道のひとつに数えられるが
写真手前の踏切には遮断機はない。





2018/01/26

路線全駅紹介(17) 成田空港周辺の各路線


(第三種事業者)
成田空港高速鉄道
(なりたくうこうこうそくてつどう)
(第二種事業者/路線)
東日本旅客鉄道 成田線(空港支線)
(ひがしにほんてつどう なりたせん)

成田空港 2013.5
【DATA】
【開業】1991(平成3)年3月19日
【路線距離】8.7km 
【軌間】1,067mm 全線単線
【電化方式】直流1,500V 架空電車線方式
【起点/終点】(成田線分岐点)/成田空港
【駅数】2


【当路線のざっくり年表】
1988(昭和62)年 建設中止になった成田新幹線を在来線に転用決定、会社設立。JR東日本と京成が出資。
1991(平成3)  年 開業。成田エクスプレス運行開始。
1992(平成4)  年 空港第2ビル駅開業。
2009(平成21)年 根古屋信号場廃止、堀之内信号場開業。
2010(平成22)年 E259系電車運用開始。
2015(平成27)年 両駅の検問(身分証明書提示、手荷物検査)廃止。



----------(全線)千葉県成田市----------

(成田線分岐点)
7.7km
(2009年廃止・・・根古屋信号場)
<堀之内信号場>
#0389 空港第2ビル
(くうこうだいにびる)
【区分】甲 【撮影日】2013/5/25
【開業】1992(平成4)年
【乗車人員(日)】4,952人(JR)
【他路線】京成電鉄本線、成田空港線
1.0km
#0388 成田空港
(なりたくうこう)
【区分】甲 【撮影日】2013/5/25
【開業】1991(平成3)年
【乗車人員(日)】6,952人(JR)
【他路線】京成電鉄 本線、成田空港線
【その他】関東の駅百選認定駅








(第三種事業者)
成田空港高速鉄道
(なりたくうこうこうそくてつどう)
(第二種事業者/路線)
京成電鉄 本線
(けいせいでんてつ ほんせん)
京成電鉄 成田空港線
(成田スカイアクセス)
(けいせいでんてつ なりたくうこうせん)

成田空港 2013.5

【DATA】
【開業】1991(平成3)年3月19日
【路線距離】成田高速鉄道アクセス分岐点
~成田空港駅間・・・7.5km
駒井野信号場
~空港第2ビル駅間・・・2.1km
【軌間】1,435mm 単線
(駒井野信号場~空港第2ビル駅間は複線)
【電化方式】直流1,500V 架空電車線方式
【起点/終点】成田高速鉄道アクセス分岐点
および駒井野信号場/成田空港
【駅数】2


【当路線のざっくり年表】
1991(平成3)  年 駒井野分岐点~成田空港(2代目)間が開業。駒井野分岐点~成田空港間は東成田線となる。
1992(平成4)  年 空港第2ビル駅開業。
2009(平成21)年 駒井野信号場~空港第2ビル駅間複線化。
2010(平成22)年 成田高速鉄道アクセス分岐点~空港第2ビル間開業。成田スカイアクセス(京成成田空港線)開業。
2015(平成27)年 両駅の検問(身分証明書提示、手荷物検査)廃止。



----------(全線)千葉県成田市----------
 
(成田高速鉄道アクセス接続点)
(京成電鉄 本線)
<根古屋信号場> <駒井野信号場>
7.5km 1.1km
#0389 空港第2ビル
(くうこうだいにびる)
【区分】甲 【撮影日】2013/5/25
【開業】1992(平成4)年
【乗車人員(日)】9,642人(京成)
【他路線】東日本旅客鉄道 成田線
1.0km
#0388 成田空港
(なりたくうこう)
【区分】甲 【撮影日】2013/5/25
【開業】1991(平成3)年
【乗車人員(日)】9,701人(京成)
【他路線】東日本旅客鉄道 成田線
【連絡駅】東成田
【その他】関東の駅百選認定駅








京成電鉄 東成田線
(けいせいでんてつ ひがしなりたせん)

京成成田 2013.5

【DATA】
【開業】1978(昭和53)年5月21日
【路線距離】7.1km(6.0kmは本線と重複)
【軌間】1,435mm 全線複線
【電化方式】直流1,500V 架空電車線方式
【起点/終点】京成成田/東成田
【駅数】2


【当路線のざっくり年表】
1978(昭和53)年 京成本線の京成成田~成田空港(初代)間開業。
1991(平成3)  年 駒井野信号場~成田空港(2代目)間開業、駒井野信号場~成田空港(初代)駅間を東成田線と改称、初代空港駅も東成田と改称。
2002(平成14)年 芝山鉄道開業、相互乗り入れを開始。
2013(平成25)年 行商専用車の設定を廃止。
  



----------(全線)千葉県成田市----------

#0392 京成成田
(けいせいなりた)
【区分】甲 【撮影日】2013/5/25
【開業】1925(大正14)年
【乗車人員(日)】17,344人
【他路線】京成電鉄 本線
【駅名変遷】成田(1931)
【その他】シヌゼンレビュー第1回選定駅
7.1km
#0390 東成田
(ひがしなりた)
【区分】甲 【撮影日】2013/5/25
【開業】1978(昭和53)年
【乗車人員(日)】793人(京成)
【他路線】芝山鉄道 芝山鉄道線
【駅名変遷】成田空港(1991)









芝山鉄道 芝山鉄道線
(しばやまてつどう しばやまてつどうせん)

芝山千代田 2013.5



【DATA】
【開業】2002(平成14)年10月27日
【路線距離】2.2km
【軌間】1,435mm 全線単線
【電化方式】直流1,500V 架空電車線方式
【起点/終点】東成田/芝山千代田
【駅数】2


【当路線のざっくり年表】
1981(昭和56)年 会社設立。
1988(昭和62)年 「芝鉄成田空港駅」(仮称)~芝山千代田間の事業免許取得。
1990(平成2)  年 京成成田駅への乗り入れを運輸省が認可。
1992(平成4)  年 工事着工が遅れ、会社はターミナルビル内の売店運営に進出。
1996(平成8)  年 京成電鉄との相互直通運転に計画変更。
1998(平成10)年 工事着工。
2000(平成12)年 路線変更。未買収地を迂回。
2002(平成14)年 開業。


----------千葉県成田市----------

#0390 東成田
(ひがしなりた)
【区分】甲 【撮影日】2013/5/25
【開業】2002(平成14)年
【乗車人員(日)】357人
【他路線】京成電鉄 東成田線
2.2km
----------千葉県山武郡芝山町----------
#0391 芝山千代田
(しばやまちよだ)
【区分】甲 【撮影日】2013/5/25
【開業】2002(平成14)年
【乗車人員(日)】753人





次回(2月23日)は、
東日本旅客鉄道 東金線にご案内します。

2018/01/24

「死ぬまでに全駅」(380) #0113 追浜駅

#0113 追浜(おっぱま)

・京浜急行電鉄 本線
 金沢八景京急田浦
【区分】甲 【撮影日】2012/8/19
【所在地】神奈川県横須賀市
【開業】1930(昭和5)年
【乗車人員(日)】20,263人


神奈川県横須賀市に所在。
京浜急行電鉄本線の駅。
1930年、湘南電気鉄道の駅として。

国道16号に面したメインの東側出入口。
特急も停車する主要駅のひとつだが
駅前は狭い。
写真撮り忘れたが、地上の出入口が
右隅に見え、駅名の看板も見える。

京急ストアその他店舗が入る
「サンビーチ追浜」が正面奥。
駅改札階とはペデストリアンデッキで
連絡していて便利。

16号沿い地上から改札階へのぼる階段。
周囲は住宅地だが、海沿いは埋立地で
広大な工場地帯になっている。
もとを辿れば横須賀航空隊、空技廠など
旧海軍関係の施設が占めていた場所だ。

橋上駅舎になったのは1973年。
右に見えるのが最初に紹介した
もうひとつの地上への階段。

改札外コンコースのようす。
旅行代理店や立ち食いそば屋などが営業。
ただし6年前の写真なので
現在営業中の店とは異なるようだ。

ここで大失態を犯す。
左奥には西側への出入口があるのだが
まったく気がつかなかった。
細く目立たないが、
駅背後の病院駐車場で出る。
今度撮ってくる(笑)

改札口は1ヶ所。
一日の乗車人員は20,263人で、
快特の停車しない駅では
平和島に次いで利用客が多い。
といっても特急停車駅って、この2駅と
神奈川新町くらいしか思い浮かばんよ(笑)

改札外に比して改札内は狭い。
そば屋さんは改札内外から
利用できるんだねぇ。

ホームへは左右に分かれた
2ヶ所の階段か、
その真ん中に配置された
エレベーターで。

ホームはカーブ上の2面2線相対式。
こちら1番線三崎口方面下り。
三崎口方向に向かい撮影。

普通電車が到着し、
たくさんの降車客で賑わう。
ホームがカーブしているため
車輌との隙間が広くなる。とくに下り。
そのためラッシュ時には駅員さんが
安全確認のため配置される。

1番線三崎口方から駅舎方向。
駅西側には崖が迫る。
横須賀の駅、って感じがいい。
横須賀の崖を制する者は
日本の戦争遺跡を制する、と思う(笑)

かわって2番線は上り横浜方面。
横浜寄りから駅舎方向。
ホーム上屋がここで切れているが、
このほど延長設置が発表されたとのこと。

ホーム中ほどから駅舎、横浜方向。
夏の盛り、休日夕刻でも人影はまばら。
それでも京急72駅中12位の利用客がある。

2番線から普通電車が発車。
暑いのにご苦労様です。

1番線ホーム端から三崎口方向。
この先トンネルをいくつも抜け、
横須賀の中心街へ入る。

1番線から横浜方向を見る。
進むとすぐ左手に瀬ケ崎小学校の
運動場が現れる。
そこはもう横浜市内となる。
追浜が横浜市内だと思っている
横浜市民は少なくない。


1946
USA-M46-A-7-2-51を加工)
終戦直後に米軍が撮影。赤丸が当駅。
駅前から東に伸びる道路は今もまったくそのまま。
右上は海軍の飛行場で、滑走路がかすかに確認でき、
周囲には掩体らしきものも散見される。
上に見切れているのが野島。
太い橋のようなものが伸び、飛行場とつながっている。
野島には巨大な掩体壕があり、
飛行機はそこを渡って飛行場に導かれた。
この壕は今も野島公園内で間近に見ることができる。